人生再起の記録

30代後半で仕事・お金・友達・人脈を失ったところからの再起の記録

意識の壁の向こう側 ~リオ五輪・陸上リレー銀メダル~

 

リオデジャネイロオリンピックが終わった。
日本はメダル41個という過去最も多くのメダルを獲得し、大いに盛り上がった。

朝、出勤前に決勝があるケースが多く、僕も結果的には割と多くの試合を観たと思う。

 

日本が多くのメダルを獲得した中で、僕が最も驚き喜んだのは、陸上競技の4×400mリレーの銀メダルだ。僕自身が陸上競技をやっていたからなお一層の驚きと喜びがあった。


【NHKリオ】ノーカットで400mリレー決勝! アジアの短距離史上 最速の走りを目撃せよ

 

日本は2008年の北京オリンピックで、やはり4×400mリレーで初めての銅メダルを獲得した。あの時も興奮したけど、今回の銀メダルは、それを遥かに超える興奮があった。

理由は二つある。

一つはアメリカに勝ったこと。

あのアメリカに買っての銀メダルは、本当に大きな価値がある。
アメリカに勝つ時代がこんなに早く来るなんて、僕が陸上競技を現役でやっていた頃には、僕はもちろん、おそらく周囲の誰も想像もしていなかった。

アメリカは「憧れ」であって、「試合相手」ではなかった。
アメリカの選手と一緒に走れることは「喜び」止まりだった。

 

だけど、今回の日本リレーメンバーは僕らの意識の壁の向こう側にいた。
アメリカは、「憧れ」ではなく「試合相手」だった。

そして、見事にアメリカに勝った。

このことは、銀メダル以上に素晴らしい価値で、リレーだけでなく、今後の日本の陸上選手の意識を変えるきっかけになると思う。

アメリカは決して「憧れ」止まりではなく、試合相手だと。

 

僕が興奮したもう一つの理由は、タイムが37秒60と世界のリレー歴代3位の好タイムだったことだ。ちなみにリオ前の日本記録は38秒台。大幅の記録更新だ。

「たまたま銀メダル」でななく、実力でも銀メダルに値する走りだったということだ。

 

そして、リレーのメンバー山縣、飯塚、桐生、ケンブリッジの4人とも若い。
更には、今回走らなかった控えのメンバーも若くて実力がある。

4年後の東京オリンピックは、金メダルを狙える。
あの無敵のジャマイカも、4年後は世界記録保持者のボルトや、前世界記録保持者のパウエルはさすがに引退で、ここ10年くらいの戦力に比べてれば大幅ダウンとなる。

僕は応援することしかできないけれど、金メダルを願ってる。

 

そして、僕も今回の陸上リレーメンバーを見習って、意識の壁を取っ払って取り組んでみたいと思う。

 ↓9月発売の陸上専門雑誌「陸上競技マガジン」は、リレーのことで大盛り上がりの号になるはずだ。

 

話せば声が出ることの愛しさを知った30代後半

「今年は、勝負の年だ!」と意気込んで仕事をスタートしたのだけど、1月2週目に喉を痛め、声が出ずらくなった。風邪ではなく、空気が乾燥していて喉をやられたようだ。

冬になり空気が乾いた中をランニングしていたのが、もしかしたら喉に悪かったのかもしれない。

いずれにしうても、新年早々いきなり出鼻をくじかれた感じだ。

しゃべらずには仕事もできないため、病院で薬を貰い、騙し騙し仕事をしていた。
少し良くなったと思ったら、また声が出にくくなっての繰り返しだった。

そしたら、1月末についに声が全くでなくなってしまった。人生で始めて「声が全くでなくなる」という経験をした。口から出るのは、かすれた空気の音だけだった。

その時の様子は、まるでスターウォーズのダースベイダーのようだったと同僚は言う。
スターウォーズファンの僕としては、願ってもないことだが、ちょっと洒落にならないくらいの状態だった。

 

外部との打ち合わせは、事情をメールで伝えたり、同僚に代わりに電話で伝えてもらって、全てキャンセルした。社内の打ち合わせも極力延期してもらった。
2月に予定していた海外出張の予定ももちろんキャンセルした。

メールでのみ進められる仕事や、作業に集中したりして、喉を使わずに過ごし安静にしていた。それでも、会社にいると同僚に声を掛けられ、そのため声を出そうとするシーンがあり、そのたびに咳き込み、状態が悪化する。
だから、会社からしばらく在宅勤務の許可をもらった。
会社のネットワークには社外からもアクセスできるから家でも仕事はできる。
初めてIT機器の進化の恩恵をダイレクトに受けた気がする。

 

家で絶対安静にしていれば、すぐに快方に向かうだろうと思っていた。

しかし、1週間経っても全く声が出ない。むしろ良くなる気配すらない。
喉に限らず、これまでのたいていの病気は1週間もすれば完治していたので、全く良くならないことに焦ってきた。いつもなら治っているはずなのに。
そして、声が出ないというのは、僕を更に不安な気持ちにさせてた。

 

ふとシャ乱Qつんく♂が、声帯全摘出をして、声を失ったことを思い出した。

つんく♂は僕らの前では気丈な姿を見せているけど、きっと本心は不安で仕方がなかっただろう。ましてやつんく♂はミュージシャンだ。おそらく声を失うことに絶望感もあったに違いない。

そんなことを考えながら、昔レンタルしてPCに取り込んだシャ乱Qの曲を引っ張りだしてきて、つんく♂の歌声を10年以上ぶりに聴いた。それほどシャ乱Qが好きだったわけでもないけど、つんく♂の歌声を二度と聴けないかもしれないと思うと、つんく♂の歌声がこれまでと違って愛おしく感じた。もっとつんく聴きたいと思った。

 

そして、自分の声の事を考えた。自分が知っている自分の声は、決して好きではなかった。だけど、声が出なくなって10日近く経ち、自分の声を聴きたいと思ってきた。
決して好きではない声だけど、聴きたくなった。

声が出なくなって12日目の朝起きると、声を出せた。ついにやっと。
僕は確かめるように、「あ・い・う・え・お」と丁寧に声に出す。丁寧に声に出したつもりだけど、音階が変だった。

それでも、自分の声を聴けたことが嬉しい。決して好きな声ではないのに。

そして、話そうと思ったら自然と声がでることに感動し、そのことを愛おしいと思った。当たり前のことへの素直な感動があった。「ああ、声が出てる」と。

 

今回の喉を痛めて声が出なくなった件があって、喉をいたわるようになった。
30代後半にもなると、どこかが悪くなることはあるし、悪くなったら治りにくくなる。
そんなことを痛いほど知ったので、日頃のメンテナンスを大切にしていきたい。

箱根駅伝は、ランナーを10人から20人に増やしたら?

 

僕は、陸上競技をやっていたことあって、陸上の大会には小さな大会から大きな大会まで関心があり、箱根駅伝も毎年テレビで観ている。

過去には陸上仲間や知り合いが何人も箱根を走った。

高校時代から箱根を走ることや優勝を目指した彼らが身近にいたことで、箱根駅伝が学生ランナーにとって、どれだけ特別な大会なのかを知っているつもりだ。

その上で思うことがある。それは、

 

「ランナーを10人から20人に増やしたらいいじゃない?」ということ。

 

箱根駅伝は、学生ランナーにとって憧れであり、目標であり、そして青春である。そんな尊い大会。

だけど、同時にランナーの足に大きな負担がかかる大会だ。

有名な坂道の区間である5区・6区は、その坂道が負担だけなく距離が23kmを超える長さだ。テレビの画面を通して観るとあまり坂道に見えないのだけど、実際に走ると壁みたいな坂だ。ランナーでない人でも箱根の山を車で走るだけで、「ここが走る場所じゃない」ことを知ることができる。

5区、6区以外のコースも4区を除いて20キロを超えてくる。

(1区:21.3km、2区23.1km、3区21.4km、4区18.5km、5区23.2km、6区20.8km、7区21.3km、8区21.4km、9区23.1km、10区23.0km)

ハーフマラソン程度の距離だから、マラソンの42kmを前提に考えてしまうと、感覚的にそれほど長くない距離に思ってしまう。だけど、箱根駅伝の他の大学駅伝(出雲大学駅伝、全日本大学駅伝)はほとんどの区間が15キロに満たない、区間によっては10キロに満たない距離なので、箱根駅伝だけが特別に長い距離を走る駅伝となっている。

 

一方で学生の陸上競技は、トラック競技がメイン。

箱根を目指す学生の多くはトラック競技の10000mの練習をする。
10000mと箱根駅伝で走る20kmとでは走りに求められるものが異なってくる。
そのため、学生は10000mと箱根駅伝用の練習をしなければならない。

これは、かなり足への負担が大きい。

足への負担が大きい一番の問題は、故障のリスクが増えること。

箱根駅伝で一線の競技から引退し一般ランナーとしてやっていく学生は、足への負担が大きくても良いだろう。極端な話、箱根が走れるのだったら潰れてしまっても何の後悔もないだろう。

しかし、故障のリスクが増えて困るのは、卒業後も職業ランナーとしてやっていこうとする学生、特にオリンピックや世界陸上への出場やメダルを目指すような学生にとっては、故障のリスクが増えることは避けたい。

しかし、箱根用の練習を(しかもハードな練習が必要)をしないわけにいかない。世界を目指す学生だって箱根は走りたい。

 

壁のような坂があり、距離が長い負担の大きな箱根駅伝を、引き続き開催し、学生の負担を今よりを減らして、足の故障のリスクを減らす方法として僕が思ったのが、今の距離を分割して走ること。

 

10人で走るところを20人で走れば、足の負担が減る。距離も10キロ程度になるので、箱根用の練習は、これまでに比べればずっと少なくなる。
坂道対策の練習は必要だけど、それでも半分の距離になれば、負担は減り、故障のリスクも減る。

また、10人しか走れなかったところが20人走れるようになることで、夢の箱根を走ることができる学生が2倍に増える。今の距離が短くなっても箱根を走りたい学生は多いと思う。

 

箱根を走った名選手が、卒業後に故障しがちで記録が伸びず、世界で戦えていないという事実を踏まえて世間では「箱根駅伝不要論」まで出ているけれど、僕は箱根駅伝は今後も開催していって欲しいと思う。

高校野球もそうだけど、箱根駅伝も目指す学生が多くいる。
中には「出場すること」を人生の目標として学生だっている。

だから目指さない人が「不要」という人は、自分の人生の夢や目標を、それを目指さない人から「不要だ」と言われたときの、悲しさを想像して欲しい。

 

ただ、目指さない人が気にするべきは、箱根駅伝の後もランナーとして活躍していきたい、世界を目指していきたいという学生だろ。その学生だちが、大きな負担による故障のリスクを減らす環境にすることではないだろうか。

 

2016年の目標

 

■ 2016年の目標 ■

【仕事】

◎外国人とビジネス交渉が難なくできる英語力を身につける(6月末までに)

◎メインの仕事以外で仕事を始める(3月末までに)

◎メインの仕事以外で月に5万円を稼ぐ(12月末までに)

 

【プライベート】

フルマラソンに出場する(12月末までに)

◎映画を月に4本観る(1月から)

◎写真撮影に月に1回出かける(1月から)

◎趣味の友達を3人作る(12月末までに)

 

スターウォーズへの感謝

 

スターウォーズ の新作「フォースの覚醒」が12月18日に公開された。

有休を取って公開初日の初回を観てきた。

f:id:ushinattta:20151221115628j:plain

映画のために、有休を取るなんて馬鹿らしいと思われるかもしれない。
だけど、仕事に出ても、その日の僕はスターウォーズの映画が気になって、仕事にならないことが分かっていたから、有休を取った。

そう、僕はスターウォーズが「とても」とか「すごく」という言葉では足らないくらい、好きなのだ。

小さな頃に、家にあったVHSのスターウォーズを観たのが、僕とスターウォーズとの出会いだった。
その時に受けた衝撃は、今でもハッキリと覚えている。何に衝撃を受けたのかは、小さかったから覚えていない。だけどそれ以来、スターウォーズの虜になった。

 

公開日の初回は、ライトセーバーを持った人たちや、コスプレをした人たちが溢れていた。公開直後、「StarWars」のテーマ曲と共にロゴが出ると、大歓声と大きな拍手に包まれた。映画の出だして大歓声と拍手が起こるのは、スターウォーズぐらいではないだろうか?劇中でも、とあるごとに拍手が起こった。

とても幸せな時間だった。

 

スターウォーズの何が僕を惹きつけるのか?
この問いに対する答えは、書き出すと止まらなくなって、簡単に一冊の本が書けるほどになってしまうから、ここでは控えておく。

 

ただ、言えることは、スターウォーズに感謝しているということ。

僕は、スターウォーズを通じて日本だけでなく、世界中に仲間を作ることができたこと。しかも、その仲間は、自分の親世代、少し年上の世代、同世代、そして、ずっと年下の世代と幅広い。
これほど広い世代に渡る仲間を世界中に持てたのは、スターウォーズのおかげだ。

 

新しい3部作が作られるとは思ってもいなかった。
だから、これからの人生の中で、これまでの6部作を人生で繰り返し楽しみながら生きていくのだろうと思っていた。それでも十分だった。すでに一緒に楽しめる仲間がいたから。

だけど、ジョージ・ルーカスは、新しい3部作を作ることを決めた。
そして、新しい3部作はジョージ・ルーカスではなく新しい監督が作るという。
そのニュースを聞いたとき、どれほど驚き興奮したか。

 

公開日の前日、僕は興奮して眠れなかった。
プレッシャーのかかる仕事の前日だったり、悩みがあっても眠れるタイプなのに。

そして、ようやく眠りについたとき、僕はスターウォーズの夢を見た。
夢の中では僕が、新作のスターウォーズを観て泣いていた。

 

その夢は、公開日に正夢となる。


これまでのスターウォーズに思い入れがある人ほど泣ける内容だった。

僕は、大人になり映画をたくさん観たことで、「感動的」な作品であっても。そうそう簡単に泣くことはなくなっていたのに、スターウォーズを観ている間、何度も涙が流れた。時には笑いながら泣いていたかもしれない。

今回の新作の公開を通じて、また新たな仲間ができた。その中には大学生や高校生や中学生という、ずっとずっと年下の仲間もいるし、国籍もバラバラだ。年齢や国なんか関係なく、繋がることができたのは、スターウォーズの存在だった。
この週末も、前からの仲間、新しい仲間と、あれやこれやとスターウォーズについて語り合っていた。

 

スターウォーズは、僕の人生を確実に豊かにしてくれた映画だ。
スターウォーズを生み出してくれたジョージ・ルーカス、今作の監督J.Jエイブラムス、そして、スターウォーズを通じて仲間になってくれた人たちに感謝したい。

 

スターウォーズは、2017年に次回作エピソード8、2019年にエピソード9、そして各エピソードが公開される前年には、スピンオフも公開される。

つまり、今年から2019年まで6年間、毎年スターウォーズの新作が見れるのだ。

こんなに幸せなことはない。

30代後半で初めてのテレビ番組収録に参加した-NHK ニッポンのジレンマ-

 

この前の土曜に、NHKの「ニッポンのジレンマ」という討論番組の収録にオーディエンスとして参加してきました。

前から一度参加してみたいと思っていた番組です。

www.nhk.or.jp

この「ニッポンのジレンマ」は、2011年の元旦にスタートした40歳より下の人たちだけが集まってテーマを議論する番組です。

ゲストは、1975年以降に生まれた人たちで、オーディエンスも1975年以降生まれ。

司会は、NHK青井実アナ(1981年)と桑子真帆アナ(1987年)、そして社会学者の古市憲寿(1985年)さんでした。

全然関係ない話ですが、青井実アナって丸井グループの創業者の孫だったんですね。
(収録の時に隣になった女性から聞きました)

 

f:id:ushinattta:20151215100735j:plain

論客としは、以下の方々。多くが僕より年下になります。※敬称略

■ 安田洋祐(経済学者 1980年生まれ)
■ 堀口美奈(総合商社 1990年生まれ)
■ 先崎彰容(日本思想史研究科 1975年生まれ)
■ 三浦瑠麗(国際政治学者 1980年生まれ)
■ 上杉周作(アメリカ在住エンジニア 1988年生まれ)
■ 佐藤航陽(メタップス代表取締役 1986年生まれ)、
■ 浦野 幸(Nicogory代表取締役 1988年生まれ)
■ 大澤 聡(メディア研究者 1978年生まれ)
■ 蛭間芳樹(政府系金融機関 1983年生まれ)
隠岐さや香(科学技術史研究者 1975年生まれ)
小池龍之介(僧侶 1978年生まれ)

経営者から従業員として働く人、学者、そして僧侶という幅広い顔ぶれです。
僧侶の小池龍之介さんがいるのは、このような討論番組では珍しいですね。

考えない練習 (小学館文庫)

考えない練習 (小学館文庫)

 

 議論のテーマは「"競争"と"共生"のジレンマ」です。

市場での競争に敗れた僕としては、とても関心の高いテーマです。
実際の議論の中身の詳細については、番組放送前なので触れませんが、正直なところ少し物足らない部分もありました。もうちょっと突っ込んだ議論欲しかったかな。

テーマが大きく、論者によって「競争」と「共生」を捉える視点が違うので、多少噛み合わないシーンがを多く感じました。

 

それにしても、論者の皆さんは、言うまでもなく頭が良いです。
知識もさることながら、説明が上手く、他の論者へのレスポンスの速さもすばらしい。
そして、決して言葉に詰まることがない。
それぞれのフィールドで活躍する人たちが共通して持つすごさを感じました。
しかも、収録時間は90分×3本という長丁場の中で、活躍する人たちのすごさを近くで見れたのは大きな刺激になりました。

この番組は、オーディエンスがツイッターで議論に参加することができます。
せっかくなので、僕もいくつか意見を投稿しました。その内2回くらい論者の人に拾ってもらえ、議論の場で取り上げられました。

 

僕は、テレビ番組の収録に参加したのは、30代後半にして初めての経験です。
そのあたりも面白かったです。

収録スタッフの人たちや、天井に吊るされたたくさんの大きな照明器具などなど、
画面を通して見たことがあるくらのものを直接見れたのは、良い経験でした。

僕はNHKのブラタモリをよく見ているので、ブラタモリに出ている桑子真帆アナウンサーを近くで見れたのは嬉しかったですね。

当たり前ですけど、綺麗ですね。
青井実アナウンサーは、NHKらしからぬお洒落でイケメンアナウンサーでした。

www.nhk.or.jp

普段、画面を通して見る人と長時間同じ空間で、同じ目的で協業する経験はそうそうないので良い経験になりました。

収録は計6時間だったので、かなり疲れました。
何が疲れるかっていうと、おしりです。
僕たちオーディエンスの席は、硬い階段式の席だったので、おしりが痛い。
それでも、去年まではなかった座布団があるだけましだったようですが。

以下の写真は、収録終了後の写真、右端に桑子真帆アナウンサーが写っています。

f:id:ushinattta:20151215100749j:plain

実際の放送で使われるのは150分。議論の収録は270分だったので、かなりがカットされることになります。編集を経てどんな内容にまとまるのか楽しみです。

そして、あわよくば僕も写っていたりしたら(座っていた席からすると、写っていても全く不思議ではないです)嬉しいですね。

放送は、2016年1月1日(金)午後11時からです。

 

キラッキラに輝く後輩たちが眩しすぎて見れない

 

大学や前職の後輩たちが、会社の中で新しいサービスの責任者として、または独立してメディアに取り上げられたり、イベントに登壇したりしている。

30代にもなれば、当然そんな後輩も出てくるかもしれない。

ただ、後輩と言ってもずいぶん前の後輩だし、彼らは僕のことなど忘れているかもしれないけれど。

 

不思議なことに、なぜか僕の後輩には、キラッキラに輝く人たちが多い。
今の僕にはキラッキラの「キラッ」もないのだけど。

僕は、そんなキラッキラの後輩たちが眩しすぎて見れない。
ぱっと明るくなる自信に満ち溢れた彼らの顔や言葉。
本当に太陽のようだ。悲しくなるくらい太陽だ。
太陽はまぶしい。彼らは太陽のようにまぶしいのだ。

自分の人生でどこかで関わった後輩たちが、活躍していることは素直に嬉しい。
だけど、彼らと今の自分を比べて凹む。
30代のいい大人が他人と比べて凹むなんてどうかと思うが、比べてしまうのだ。
同じ環境にいて、同じ仕事をしていて、なぜここまで差が出てしまったのかと。

なぜ、ここまで差ができたかなんて、もちろんわかっている。
同じ環境でも同じ仕事でも、インプットとアウトプットとの差が僕とは違ったのだ。

更に後輩たちは、結果を出すことだけでなく、常に未来志向で成長意欲が高かった。
他にも僕との違いはあるだうけど、ここが決定的に違った。

 

このような結果を出し、未来志向の後輩たちの周りには、人がたくさん集まる。
そして、自分の周りに人が集まると、そこから彼らが得るものはきっとすごいはず。
(僕の周りには、人が集まったことはないから、想像だけど)。

そうして、どんどん活躍の場を広げ、責任ある立場になったり、独立していった。

 

一方僕は、結果を出すことにも中途半端で、未来志向で成長意欲は低かった。
その結果、気が付くと、仕事を失い、失った後に仕事も半年見つからなかった。
加えて、お金もないし、人脈もない。

同じ環境や仕事でも、彼らと僕には、こんなにも差が出たのだ。

 

僕らはキラッキラに輝く後輩たちを直視できない。
その理由は、きっと僕が暗闇にいるからだろう。

僕が明るいところに出れば、キラッキラした彼らを、普通に見れるのかもしれない。

だとしたら僕もいつか、暗闇を抜け出して、明るい場所に立ちたいと思う。

そのために、結果を出すこと、未来志向で成長していくこと。
同じ環境で同じ仕事をしていたら彼らがやっていたこれらのことを、今からでもやっていこうと思う。