人生再起の記録

30代後半で仕事・お金・友達・人脈を失ったところからの再起の記録

15年ぶりのタイで人生初の海外での営業活動

30代後半にして初めての海外での営業活動を終えて帰国した。

移動日を除いた現地での活動日が1週間の日程だったが、あっと言う間の1週間だった。

タイを訪れたのは15年近くぶり。

学生時代にバックパッカーで訪れて以来だった。

空港に降りると、既に多くの欧米のバックパッカーがいた。

昔の自分を懐かしく思いつつも、一方で日本のバックパッカーがほとんどいないことに不思議に感じていた。後日このことをバンコク市内の安宿で聞いてみたら、実際に日本のバックパッカーは2000年代に入って激減しているようだ。

 

さて、当然のことだけど、昔に比べるとタイの首都バンコクは大きく発展していた。

まず、都心を走る鉄道や地下鉄が走っていたこと。

僕が昔バンコクを訪れたときは、都心を走る鉄道も地下鉄もなかった。

確かちょうど建設中だった。

f:id:ushinattta:20150720214339j:plain

 

そして、昔よりも日本の店が増えたこと。

日本の都市にいるのと全く変わらないくらい日本の店がある。

無印良品LOFTユニクロも出店している。

日本の女性向けアパレル店も多数出店している。

あらゆるところに日本料理店がある。

あまりにも多いのでネットで調べてみたらバンコク市内に1000店舗以上の日本料理店があるようだ。

バンコクの人々にはラーメンが人気のようで、ラーメン店の数も多い。そして、女子高校生や女子大学生(タイの大学生は制服のため見て目で大学生と分かる)が「一人で」ラーメン店でラーメンを食べている姿は、なかなか日本では見ない状況だけに、とても印象に残っている。

f:id:ushinattta:20150720214344j:plain

バンコクはいつの間にか、日本人にとって「いつも通りに生活できる」場所になっていた。

ちなみに、LINEの利用率は日本以上に高い印象だった。これは、先月にベトナムに行った時にも感じたことだけど、とにかくLINEをみんな使っていて、これは日本のようにプライベートで使うに留まらず、ビジネスでも使っている人が多い。

例えば、今回のタイで商談のためのアポを取った時に、先方の連絡先を聞くと、ラインのIDを伝えてきたりというシーンが何度もあった。そして、その後はLINEのメッセージやLINE電話でやり取りする。なかなか日本では見ない。

 

 ところで、人生初の海外での営業活動の仕事だが、なかなか困難な仕事だった。

どの程度難しかったのか書きたいところだけど、現在進行中の仕事であるため、詳しくは書けない。ただ、通訳を通しての仕事は思ったよりも難しかったことは言える。

特に、僕と通訳してくれるタイ人スタッフとは英語での会話になるので、そのことが先方との会話を難しくさせていた。それは、もちろん、僕の英語力が低いことが問題なのだけど。(タイ人スタッフの英語は完璧だった)

英語の力を上げないと、今後はの仕事は厳しいと感じた。

 

f:id:ushinattta:20150720214603j:plain

今回のバンコク滞在中に、心優しきビジネスウーマンに出会った。

彼女は、タイでホテルやリゾートを経営している女性で、年齢は僕の親世代だった。

ご飯をご馳走してくれたり、バンコク近郊にあるリゾートに泊めてくれた。

彼女としてはビジネスに繋げたいという気持ちはあったのだろうけれど、それにしても、優しかった。だから僕は彼女に「なぜ、そこまで優しくしてくれるのか?」と尋ねると、彼女は「自分も含めてタイの人は仏教徒で、タイ人は人に良いことをすれば、それは将来自分に良いことが返ってくると信じている。逆もしかり。」と教えてくれた。なるほど。

また、彼女は70歳手前で、50年くらい仕事をしている。仕事を長く続ける秘訣を聞くと、「仕事を長く続けるためには、仕事の中に楽しみを見つけること。仕事は大変ことばかり。だけど、その中から常に楽しみを見つけること。これができれば仕事を長く続けられて、結果も出せる」と教えてくれた。

 

f:id:ushinattta:20150720214705j:plain

海外での始めての営業活動。

行くまではかなり不安だったのだけど。なんとかやりきった。

少しだけ新たな経験を積み、少しだけ成長できたかもしれないと思えた海外出張だった。